1kgを定義するのに光子1個にゃ荷が重い
皆さんは質量を持っていますか? 私はいつも持っています。また、知人の多くも \(10^1 \textrm{kg}\) オーダー程度の質量を持っているようです。
ところで \(1 \textrm{kg}\) って、どのくらいの質量でしょうか? そういえば「最近キログラムの定義が変わった」なんて話も聞きますね。「およそ1000mlパック牛乳1本分」と言われても想像しづらいと思いますので、きちんと定義を確認してみましょう。
質量のSI単位キログラム(記号 \(\textrm{kg}\) )は、プランク定数 \(h\) を単位 \(\textrm{J m}\) (\(\textrm{kg m}^2\ \textrm{s}^{-1}\) に等しい)で表したときに、その値を正確に \(6.626\ 070\ 15 \times 10^{−34}\) と定めることによって定義される。ここで、メートル(記号 \(\mathrm{m}\) )および秒(記号 \(\mathrm{s}\) )は、光速度*1 \(c\) およびセシウム周波数*2 \(\Delta\nu_{\textrm{Cs}}\) によって定義される。
定義定数 \(h,\ c,\ \Delta\nu_{\textrm{Cs}}\) を用いて、キログラムは以下のように厳密に表現することができる。\begin{align} 1\ \textrm{kg} & = \dfrac{(299\ 792\ 458)^2}{(6.626\ 070\ 15\times10^{−34})(9\ 192\ 631\ 770)} \dfrac{h\ \Delta\nu_{\textrm{Cs}}}{c^2} \\[8pt] & \approx 1.475\ 5214\times10^{40}\ \dfrac{h\ \Delta\nu_{\textrm{Cs}}}{c^2} \end{align}
プランク定数と光速度、それにセシウム周波数が出てきました。プランク定数と光速度は定数であることが理解しやすいのでいいとして、セシウム周波数(これも定数ですが)と言われてもピンと来ないところがあります。せっかく光速度を使うので、光とかの周波数で表してみたいところです。
なお、光の周波数はセシウム周波数をもとに測定するので、ここから先は不確かさのある話になります。
光子1個で考える
Wikipediaさんにはこんな記載があります:
キログラムは周波数が \(\frac{(299 792 458)^2}{6.626 069 57}\times10^{34}\) ヘルツの光子のエネルギーに等価な質量である。この分母は採用されなかった定義値に基づくものなので要注意とはいえ、考え方は悪くないように思えます。導出には2つの関係式を使います。
\(E=\epsilon\) として2つの式から変形すると、\[ m = \dfrac{E}{c^2} = \dfrac{h\nu}{c^2} \]となり、光子の振動数を質量に換算できることがわかります。 \(m = 1 \textrm{kg}\) となるような \(\nu\) は、\begin{align} \nu & = \dfrac{mc^2}{h} \\[8pt] & = \dfrac{(299\ 792\ 458)^2}{6.626\ 070\ 15} \times 10^{34}\ \textrm{Hz} \\[8pt] & \approx 1.356\ 392\ 49 \times 10^{50}\ \textrm{Hz} \end{align}となります。
10の50乗?!
振動数が \(10^{50}\) オーダーってどのくらいでしょうか。単純に逆数を取った周期で言えば約 \(7.372\ 497\ 32 \times 10^{-51}\ \textrm{s}\) 、光速度から波長を計算すれば約 \(2.210\ 219\ 09 \times 10^{-42}\ \textrm{m}\) です。プランク時間*3よりも短ければプランク長*4よりも短い。どんな光やねん。電磁波でいられるんでしょうか?「粒子性と波動性を併せ持つ」という話よりも大変なことになりそう。
まあこうなるのも当然っちゃ当然で、おそらく光子 \(1\) 個という素粒子スケールの世界から \(1\textrm{kg}\) という人間的な大きさを導き出そうとしているからのような感じがします。人間を構成する原子の数が1穣(\(10^{28}\))個程度と言いますし、規模感の違いは已むを得ません*5。光子1個に定義を背負わせるには荷が重すぎました。
たくさんの可視光に来てもらう
というわけで、光子の個数 \(k\) と波長 \(\lambda\) を導入して、ピンとくる量を探ってみましょう。
\(E = k\dfrac{hc}{\lambda}\) なので、代入\[ m = \dfrac{E}{c^2} = \dfrac{kh}{c\lambda} \]を \(k\) について整理すると\begin{align} k & = \dfrac{mc}{h}\lambda \\[8pt] & = \dfrac{299\ 792\ 458}{6.626\ 070\ 15 \times 10^{−34}}\lambda \\[8pt] & \approx (4.524\ 438\ 34 \times 10^{41}) \lambda \end{align}となります。 \(\lambda\) を特定の波長の可視光とすると \(10^{-7}\) オーダーですから、 \(k\) は \(10^{11}\) モル程度となります。馴染みやすい桁数になってきました。
ちょうど今呼んできたアボガドロ定数 \(N_A = 6.022\ 140\ 76 \times 10^{23} \textrm{ mol}^{-1}\) (定義値)を使って\begin{align} k & = x \times 6.022\ 140\ 76 \times 10^{23} \\ \lambda & = y \times 10^{-9} \\ \end{align}と置いてみます。これで \(x\) の単位はモルに、 \(y\) の単位はナノメートルになります。代入して、\begin{align} x \times 6.022\ 140\ 76 \times 10^{23} & = \dfrac{299\ 792\ 458}{6.626\ 070\ 15 \times 10^{−34}} \times y \times 10^{-9} \\[8pt] x \times 2^2 \cdot 563 \cdot 267413 \times 10^{15} & = \dfrac{2 \cdot 7 \cdot 73 \cdot 293339}{3 \cdot 5 \cdot 7 \cdot 6310543 \times 10^{−42}} \times y \times 10^{-9} \\[8pt] \dfrac{x}{2 \cdot 7 \cdot 73 \cdot 293339} & = \dfrac{y}{3 \cdot 5 \cdot 7 \cdot 6310543 \cdot 2^2 \cdot 563 \cdot 267413} \times 10^{18} \\[8pt] \dfrac{x}{2 \cdot 73 \cdot 293339 \times 10^{4}} & = \dfrac{y}{3 \cdot 6310543 \cdot 2 \cdot 563 \cdot 267413 \times 10^{-13}} \\[8pt] \dfrac{x}{4.282\ 7494 \times 10^{11}} & = \dfrac{y}{570.044\ 673\ 270\ 4902} \\[8pt] \end{align}はい。これなら正確だしわかりやすいですね。
波長がおよそ \(570 \textrm{ nm}\) の電磁波は可視光であり、緑に近い黄色です。その光子約 \(428 \textrm{ Gmol}\) (ギガモル)というのは、ざっくり「日本の国土面積に降り注ぐ真夏の直射日光1時間半ぶん」くらいです*6。急にめちゃくちゃ曖昧な量になってしまいましたが、つまりはざっくりこれくらいです。

ちなみに、双方を \(\frac{7}{10}\) 倍して、正確に\begin{align} 399.031\ 271\ 289\ 343\ 14 \textrm{ nm} & = hN_A \times 10^{3} \textrm{ mol m J}^{-1} \textrm{ s}^{-1} \\ 2.997\ 924\ 58 \times 10^{11} \textrm{ mol} & = c \times 10^{3} \textrm{ mol s m}^{-1} \\ \end{align}としてもいいかもしれません。ギリギリ可視光の紫。紫外線に片足突っ込んでるかも。
全国的に晴れた日は
1~2時間くらい外に出て歩いてみると「ああ、日本中で \(1 \textrm{kg}\) を受け止めてるんだなあ」と思えるかというと、たぶん間違ってます。ちゃんと日光のスペクトル解析して、周波数ごとのエネルギーを積分してください。
素因数分解し始めたあたりで気付かれたかと思いますが、本記事は物理学ではなく数学のノリで執筆しています。物理量がマジで厳密な仮想世界のお話ということで、ここはひとつお納めください*7。
ついでなので、意味深な素因数分解を並べておきます。
\begin{align} 9192631770 & = 2 \cdot 3^2 \cdot 5 \cdot 7^2 \cdot 47 \cdot 44351 \\ 299792458 & = 2 \cdot 7 \cdot 73 \cdot 293339 \\ 662607015 & = 3 \cdot 5 \cdot 7 \cdot 6310543 \\ 1602176634 & = 2 \cdot 3^2 \cdot 19 \cdot 389 \cdot 12043 \\ 1380649 & = 73 \cdot 18913 \\ 602214076 & = 2^2 \cdot 563 \cdot 267413 \\ 683 & = 683 \\ \end{align}
それでは。